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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)128号 判決 2000年12月14日

原告

株式会社共和

右代表者代表取締役】

【A】

右訴訟代理人弁護士

北方貞男

右補佐人弁理士

【B】

被告

東レ・モノフィラメント株式会社

右代表者代表取締役【C】

右訴訟代理人弁護士

柴田眞宏

【D】

右補佐人弁理士

【E】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、別紙原告主張方法目録記載の方法を使用して非金属重合体捩り結束タイを製造してはならない。

二  被告は、前項の方法によって製造した非金属重合体捩り結束タイを販売し、又は販売のために展示してはならない。

三  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成一二年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、「非金属重合体捩り結束タイ」の特許発明の特許権者である原告が、被告に対し、被告が用いる非金属重合体捩り結束タイの製造方法は同発明の技術的範囲に属すると主張して、その差止め等と損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、請求項39の発明を「本件発明」という。)を有している。

(一) 発明の名称 非金属重合体捩り結束タイ

(二) 登録番号 第二五二〇四〇三号

(三) 出願年月日 昭和六一年一一月七日(特願昭六一―二六五四二〇号)

(四) 優 先 日 昭和六〇年一一月八日

(五) 公 開 日 昭和六二年六月四日(特開昭六二―一二二九六五号)

(六) 登 録 日 平成八年五月一七日

(七) 特許請求の範囲は、別添特許公報(以下「本件公報」という。)該当欄記載のとおりである。

2  本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。

A ポリアルキレンテレフタレート、スチレン―アクリロニトリルコポリマー、ポリスチレン及びポリ塩化ビニルから成る群より選ばれた一種又はそれ以上の熱可塑性重合体を少なくとも五〇重量%含む融解重合体物質をリボン形状に押し出し、

B 上記リボンに張力をかけたまま、前記リボンを上記重合体物質のガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で液浴中において急冷して結束タイを得ることを特徴とする

C 実質的に有機の非金属重合体捩り結束タイの製造方法。

3  本件発明の作用効果上の特徴

本件発明は、右構成により、広い使用温度範囲にわたって手動でほどけ再結束でき、しかもマイクロウェーブ放射オーブンで処理できる実質的に有機の非金属重合体の捩り結束タイを製造することができる。

4  被告は、ポリアルキレンテレフタレートの一種であるポリエチレンテレフタレートを少なくとも五〇重量%含む融解重合体物質(ガラス転移温度七六度C)をリボン状に押し出し、これに張力をかけたまま急冷することにより、実質的に有機の非金属重合体捩り結合タイを製造している(以下、被告の実施する製造方法を「被告製造方法」という。)。

5  被告製造方法は、本件発明の構成要件A、Cを充足する。

二  争点

1  構成要件Bの「ガラス転移温度よりも少なくとも二〇度C低い温度で」とは「液浴」の温度を意味するか。

2  被告製造方法は、構成要件Bを備えているか。

3  損害の発生及び額

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1(構成要件Bの「ガラス転移温度よりも少なくとも二〇度C低い温度で」とは「液浴」の温度を意味するか。)について

〔原告の主張〕

「ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で液浴中において急冷して」との文言は、「重合体物質を液浴中において急冷すること」及び「重合体物質をガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度に急冷すること」を併記したものであり、「ガラス転移温度より二〇度C低い温度で」とは液浴の温度を規定したものではなく、急冷工程を経た重合体物質の温度(急冷工程の目標温度)を意味すると解すべきである。

本件発明の製造方法では、液浴の温度より、むしろ次の延伸工程に入るまでに、リボンの温度が何度まで急冷されるかが重要であり、液浴はリボンの急冷のための一手段にすぎないから、「ガラス転移温度よりも少なくとも二〇度C低い温度で」とは「液浴」の温度と解さなければならない必然性はない。

原告主張のように解すべきことは、本件発明の捩り結束タイの製造方法の場合、断面が円形又は多角形のモノフィラメントの製造方法と違って、特に羽根部の成形状態を良好に保つことが難しいため、リボンの急冷温度を通常より低くしたことに特徴があること、「二〇度C低い温度」が液浴の温度を意味するのであれば「二〇度C低い温度の」と表現すべきところ、「二〇度C低い温度で」と表現されていること、本件発明の特許公報には「該リボンを張力下で押し出し、リボンを水浴に通して急冷し、その温度(水浴の温度)は例えば重合体物質のガラス転移温度より少なくとも約一〇度C低いものが好ましい。」(13欄一三ないし一五行)と記載されていることから、明らかである。

〔被告の主張〕

「ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で液浴中において急冷して」との文言は、素直に解釈すれば、急冷の方法のうち、その温度と手段を意味していることは明らかであるから、「ガラス転移温度よりも少なくとも二〇度C低い温度で」は「液浴」の温度を意味する。

仮に、原告主張のように液浴の温度には関係なく結束タイの温度を問題にするのであれば、実施例にその記述が必要であり、その記述を欠く本件発明は記載不備といわざるを得ない。

二  争点2(被告製造方法は、構成要件Bを備えているか。)について

〔原告の主張〕

被告製造方法は、別紙原告主張方法目録記載のとおりであり(以下「原告主張方法」という。)、被告製造方法は構成要件Bを充足する。

〔被告の主張〕

被告製造方法は、別紙被告主張方法目録記載のとおりである(以下「被告主張方法」という。)。

ポリエステルモノフィラメントないしその製造方法に関する四件の特許出願に係る発明(特公平一―一五六〇四号、特開平七―二一六六四七号、特開平八―一二〇五二〇号、特公昭四〇―二三二〇八号)の明細書において、実施例として、五〇パーセント以上のポリエチレンテレフタレートを含む融解重合体の紡出フィラメントを七五度Cないし八〇度Cの湯浴中で冷却している旨の記載があるように、ポリエチレンテレフタレートモノフィラメントの紡糸冷却温度を七〇ないし八〇度Cで行うことは業界の一般的実務であり、被告製造方法は右実務に沿ったものである。

そして、被告製造方法の急冷工程の液浴の温度は七〇度Cであって、構成要件Bの「ガラス転移温度より少なくとも二〇度低い温度」との構成を備えていない。

三  争点3(損害の発生及び額)について

〔原告の主張〕

被告は、原告主張方法を用いて製造した製品を販売し、販売開始から平成一一年一二月末日までの間に少なくとも二〇〇〇万円を売り上げ、その利益率は三〇パーセントであるから、六〇〇万円の利益を得ているが、原告は、右同額の損害を被ったと推定される。

〔被告の主張〕

原告の右主張事実は否認する。

第四争点に対する判断

一  争点1(構成要件Bの解釈)について

1  本件発明の明細書の特許請求の範囲には「前記リボンを上記重合体物質のガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で液浴中において急冷して結束タイを得る」(構成要件B)と記載されているところ、右の「二〇度C低い温度で液浴中において急冷し」との表現の文理解釈からすれば、リボン形状に押し出された融解重合体物質が、ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で急冷されることと、液浴中において急冷されることを表しており(「二〇度C低い温度で」との文言は「急冷し」に係ることが文理上明らかである。)、右記載は、重合体物質の急冷がガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度の液浴中で行われることを意味することが明らかである。

原告は、「ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で液浴中において急冷して」との文言は、「重合体物質を液浴中において急冷すること」及び「重合体物質をガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度に急冷すること」を併記したものであり、「ガラス転移温度より二〇度C低い温度で」とは液浴の温度を規定したものではなく、急冷工程を経た重合体物質の温度(急冷工程の目標温度)を意味すると解すべきであると主張するが、前記文言の文理に照らせば、原告主張の解釈のうち、後者の「二〇度C低い温度に急冷する」すなわち、急冷工程を経た重合体物質の温度を意味すると解するのは不自然というほかない。

2  構成要件Bの意義を前記のように解すべきことは、明細書の発明の詳細な説明の記載からも支持される。すなわち、甲一によれば、本件公報の発明の詳細な説明の欄には、実施例に関する記載として、「ダイを介してストランドに押し出し、水浴中約二〇度Cで急冷した。」(13欄三九ないし四〇行)、「ダイを介してリボンに押し出し、水浴中約二〇度Cで急冷した。」(13欄四二ないし四三行)、「二〇度Cの水浴中に押し出して第四図に示したと同様の形状を有するリボンを形成し、張力をかけてスプールに巻取った。」(15欄三三ないし三五行)、「二〇度Cの水浴中に押し出して結束タイリボンを形成して、これをスプールに巻取った。」(18欄九ないし一〇行)との記載があり、いずれも液浴の温度についての記載であることが明らかであり、急冷後のリボンの温度についての記載ではない。そして、発明の詳細な説明中には、液浴中で急冷した後の重合体物質の温度を示す記載はない。

右のような発明の詳細な説明の記載に照らすと、本件発明は、特定の組成の融解重合体物質をリボン形状に押し出し、張力をかけたまま、同重合体物質のガラス転移温度より「少なくとも二〇度C低い温度の液浴中において急冷して」結束タイを得ることを特徴とする発明であり、「二〇度C低い温度」というのは、液浴の温度を指すものと解すべきである。

なお、原告が指摘するように、本件公報の発明の詳細な説明中には、「該リボンを張力下で押し出し、リボンを水浴に通して急冷し、その温度は例えば重合体物質のガラス転移温度より少なくとも約一〇度C低いものが好ましい。」(13欄一三ないし一五行)との記載がある。右の「その温度」とは文理上「水浴」の温度を指すものであり、このことは原告も認めている。そして、原告が指摘する右記載部分は、水浴の温度がガラス転移温度より少なくとも約一〇度低いものが好ましいということを示したものであり、本件発明の特許請求の範囲に記載された温度範囲はこれより更に限定されたものとなっているが、発明の詳細な説明の記載と特許請求の範囲の記載に矛盾があるわけではなく、構成要件Bの「ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で」という文言が「液浴」の温度でなく、急冷工程を経た後の重合体物質の温度を指すと解すべき根拠となるものではない。

二  争点2(構成要件Bの充足性)について

1  構成要件Bの右解釈を前提とすれば、被告製造方法が構成要件Bを備えているか否かの判断に当たっては、急冷工程における液浴の温度が「ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度」か否かが問題となる。

しかしながら、原告が被告製造方法として主張する原告主張方法には、液浴の温度についての記述がなく、その他に、原告は、被告製造方法の急冷工程における液浴の温度が「ガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度」であるとの構成要件Bの充足性を基礎付ける主張立証をしない。

したがって、被告製造方法が構成要件Bを充足するとは認められない。

2  なお、念のため判断するに、証拠(乙二ないし五、九、弁論の全趣旨)によれば、被告は、被告主張方法(冷却浴温度設定値を七〇度Cとしており、実際の測定結果でもほぼ七〇度Cになっている。)を用いて、非金属重合体捩り結束タイを製造していることが認められ、そうすると、被告製造方法は、リボン形状に押し出された融解重合体物質(ガラス転移温度七六度C)が七〇度Cの液浴中にて冷却されるものであって、構成要件Bの「重合体物質のガラス転移温度より少なくとも二〇度C低い温度で液浴中において急冷」するとの要件を充足しないものというべきである。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 阿多麻子 裁判官 前田郁勝)

<以下省略>

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